第1章 建築とインテリアの歴史
1 概  要
 
 建築とインテリアは洋の東西を問わず、支配者の権威と力を誇示するものとして発達した。産業革命以降、生産や富が一般にいきわたるにつれて、生活空間をより快適な環境へという欲求が高まり、建築とインテリアは重要な産業として発展してきた。
 ヨーロッパの王侯、貴族は、家具や内装のデザイン製作に大変なエネルギーと時間をかけて、すばらしい芸術品を作り上げてきた。それらの芸術品はその時代の文化を象徴するものとして、その時代の「様式」と呼ばれている。
 一般に「クラシック」と呼ばれているものは、この様式に沿った装飾によって作られた時代のものを指している。これに対し「モダン」と呼ばれるものは、20世紀になり、新しい科学、技術開発によって考え出された工学的、合理的、機械主義的なデザイン以降のものを指している。
 日本とヨーロッパの伝統的な建築の大きな違いは、ヨーロッパでは石組み、またはレンガ積みの組積式構造を基本としているのに対し、日本では木の柱による木造軸組工法(在来工法)が和風建築の主体になっている。
  石やレンガの建築では窓などの開口部は小さく、構造上縦長の型になり、壁は40cm〜1mと厚い。陸続きのヨーロッパでは、厚い石の壁、小さな窓は戦争などによる敵の侵入を防ぎ、防火、遮音などには有効であるが、冷めたく重苦しい空間となる。この冷めたく重苦しい空間を和らげるには、タペストリーや壁紙、カーペットなどのソフトな装飾織物が必要であったことから、室内装飾の発達する条件が備わっていたといえる。
 日本の従来の建築、特に一般住宅は開口部(窓、出入り口など)が広い。襖、障子などの間仕切りを取り払えばワンルームになり、壁面が少なく、床は畳が敷き詰められているのが特徴であった。これは結婚式や集会、法事などの祭りごとが、各家庭で行われていたことにもよる。
   伝統的な日本の住まいは、畳にみられる3尺(91cm) × 6尺(182cm)という寸法が建物の標準尺度として使われ、日本建築の空間の美的構成単位にもなった。その住空間は、木、土、砂(漆喰壁、聚楽壁、荒壁・・)、和紙(襖、障子〉畳など、自然素材の美しさを生かした構成になっており、開放的で、融通性に富み、落ち着いた雰囲気をかもしだしている。また障子を開けて庭の木や草花を楽しみ、自然を愛し、雅趣に富んだ暮らしをするのが特徴であった。
 明治の文明開化以来、日本は外国の進んだ文化を積極的に取り入れ、洋風化が始まり、鹿鳴館に象徴されるように上流社会で急速に普及した。各国大使館、商館の日本進出に伴い、洋家具、敷物、カーテンを使用した洋風(洋館)、和洋折衷の住居が増えるようになった。さらに大正時代の関東大震災後、建物の洋風化が一層進んだ。昭和の初期は戦時経済下であったが、第二次世界大戦後(1945年)は、日本経済の復興、社会構造の変化と共に、また国民所得が増大するにつれて生活様式も大きく変化した。
  21世紀になった現在、より広い住空間、耐久性、快適性、また地域のより良い環境など、豊かでうるおいがあり、快適で文化的な生活空間と環境への配慮が強く求められている。