3  日本のカーテンの歴史
  概  要  
     西洋の住宅は、石やレンガなどを積み上げた組積式住宅であるが、日本の住宅は、柱や梁など木を素材にした木造軸組工法で、窓も大きく開放的な構造になっている。
 現在、カーテンとして使用されているのは、幕末から明治にかけてヨーロッパ建築と共に伝えられたと推測されるが、間仕切り的要素を持つものは、日本の住居に古くからあった。布や紙、竹、葦などを使った御簾、屏風、障子、襖、几帳など、日本の住生活に合った空間設計として発達した。
 ヨーロッパのカーテンに類するものに障子がある。カーテンにも多くのスタイルがあるように、日本の障子にも多様なスタイルがある。
 窓の形も、円窓、むしこ窓、聖窓、猪の目窓、猫間窓などさまざまで、機能によっても異なっていた。さらに縁側と部屋の間には障子(越付障子、水越障子、額入り障子、雪見障子、猫間障子など)があって、日光の調光になり、開けると風通しをよくし、涼むこともできる。
 現在の住宅は、襖は壁になり、窓にはアルミサッシが使われ、ガラス戸によって雨、風を防ぐようにできている。住宅も密集し、マンションをはじめ、高層建築が数多く建てられている。窓を覆う、遮蔽、遮光、目隠し、保温、調光などの機能面を含む窓装飾は、生活を営む上で、なくてはならない大事な要素といえる。
 カーテンは幕末から明治にかけて、ヨーロッパ文化の導入と同時に伝えられた。最初は、開港にともなって建てられた外国人居留地の住居、領事館、商館などに使われ、その後、鹿鳴館が外国人の設計によって建てられ、洋風化が進むにつれて西洋式住宅が一部の上流階級で建てられるようになった。明治42年に完成した赤坂離宮はフランスのベルサイユ宮殿とルーブル宮殿東西を模した建物といわれている。
 ここに使われたカーテンはフランス人に習って日本で織られた。カーテンという言葉が一般的に使われるようになったのは明治以降である。洋風化が進むにつれて和洋折衷の住居が建てられ、大正時代にこの傾向が一層進んだ。昭和初期はその流れがそのまま受け継がれるが、第二次世界大戦後は大きく変わった。
 
戦後の窓装飾・インテリア業界の変遷
 
1955年(S30)

復興期
内需用室内装飾織物
京都、一宮、江南、岐阜、蒲郡、両毛地区で壁装、椅子張り地、
カーテンの生産が始まる。
原反生地の販売
メーカー → 一次問屋 → 地方問屋 → 小売店・工事店。
カーテン
ゴブランタップス織、綿・レーヨン使いのレース。
1960年(S35)

第1次住宅ブーム

流通革命
(量販店の進出)
原糸メーカー主催の展示会が開催される。
バーチカルブラインド国産化。
プラスチック製カーテンレール、C型・I型レールの家庭用
セットが発売される。
カーテン 
畝織(二節、エデン)の全盛。無地カーテンにバニラン組織、
後染ジャカード(素材はレーヨン)、ケースメントがサラン、麻など
の素材使いで販売される。
カラーレース、両面マシンプリント全盛。スカンジナビアデザイン
の影響を受ける。
ポリエステル繊維使いレースカーテンの生産が始まる。
グラスファイバー、アクリル、難燃性アクリル系、コーデラン糸
使いカーテンの研究、生産が始まる。
1965年(S40)

高度成長期
見本帳によるオーダーカーテンの販売。
三重織ジャカードによる遮光カーテンの普及、ストライプ・チェック、
フクレ織クラシックジャカード、片面マシンプリントによる大胆で
モダンなデザインが注目を浴びる。
レース
12ゲージから16ゲージ、18ゲージへ、ポリエステル糸使いが
主体で柄糸にウーリー加工糸が使われた。
1970年(S45)

列島改造ブーム

オイルショック
(S48)
オーダーカーテン定着。
アクリル系(カネカロン)、コーデラン糸使いの防炎カーテンが普及。
細幅(15mm)ベネシャンブラインド、ロールスクリーン、装飾性カー
テンレールなどが販売される。
ドレープカーテン
合繊使いジャカード、二浴後染ジャカード、アクリル綿ネップ使い、
アクリルハイバルキー糸使いのチェック・ストライプが流行。
レース
チェーンラッセル、ジャカード落下板(柄を浮き上がらせた)やドイツ、オランダのモダンなデザインが流行した。
1975年(S50)

低成長期

自然回帰
ドレープとレースの二重吊りが一般化、ドレープとレースのペア柄が流行した。
風通織ジャカード、ナチュラル感覚の織物、多色無地カーテン、プリントではクラシックな花柄、メルヘン柄が流行した。
革新的な高速織機が導入された。
1980年(S55)

不確実性の時代
カーテンのポリエステル、アクリル、難燃アクリル糸による合繊化が進む。
出窓の普及によりスタイルカーテン、ベネシャンブラインド、ロール
スクリーンが多様化した。
カーテン
カジュアルな抽象柄、バイアス構成の幾何柄、ナチュラル感覚の
ヨコ段が流行した。
1985年(S60)

バブル景気
スタイルカーテンの多様化と普及、高級輸入カーテンが急増した。
ローマンシェード(プレーン、タック、バルーンなど)が定着、装飾性
カーテンレールが注目された。
カーテン
風合いの重視(軽・薄・しなやか)が強まり、ボイル地、紗織、しわ
加工などのシースルー調無地、オパール加工などシアーカーテン
が普及した。
1990年(H2)

バブル崩壊

価格破壊
形状安定加工の多様化、シェードとカーテンの組み合わせ、レース、ボイル生地の広幅化が進み、装飾レールの需要も拡大した。
転写プリントが普及、ピーチスキンなど新合繊使いのカーテンが
販売された。各種機能性加工(消臭・抗菌・防かび・たばこ消臭など)製品が開発され、シアーカーテンが多様化、無地調レースが増えた。
韓国、中国から既製カーテンが輸入された。
1995年(H7)

繊維産業の空洞化

高齢者住宅
東南アジアからの低価格既製カーテンの輸入が増加。
遮光カーテンの人気が急伸。ストライプ構成によるダマスク調
ジャカードが流行した。
低価格と掛率競争。
チャネル・テーストの多様化(見本帳の多分冊化)
2000年(H12)

購造改革
デフレ
東南アジア、スペイン、トルコなどからの輸入増と織物産地の国際化。
プライベート・ブランドの拡大。
見本帳によるオーダーカーテンの販売。
三重織ジャカードによる遮光カーテンの普及、ストライプ・チェック、フクレ織クラシックジャカード、片面マシンプリントによる大胆でモダンなデザインが注目を浴びた。