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「ミラーカーテン」と総称されるレースカーテンがある。反射率の高い糸(ブライト糸)を採用することで太陽光の反射率を高めている。このようにミラーカーテンの名前はミラー(鏡)に由来している。とにかく明るい外部から室内が見えにくくなる。最近は治安が悪化しているため、覗かれる心配が少ないという理由で若い女性層に好まれ売上を順調に伸ばしている。
ミラーカーテンは日本が独自に開発したカーテンである。
登場したのは平成12年頃で、登場してから売上を順調に伸ばし、カーテン見本帳の売上の上位を独占するに至っている。念のため複数のカーテンメーカーに売れ筋を確認したが、異口同音にミラーカーテンが上位を独占という答えが返ってきたので間違いはない。生産を担当する機屋も笑いが止らないと思われる。
ミラーカーテンは特殊日本的なカーテンである。いや正確には日本だけに存在する特異なカーテンと表現すべきかも知れない。と言うのは数年前に世界最大のインテリア展示会であるハイムテキスタイル展の会場で海外のカーテン業者にミラーカーテンの実物を見せ反応を探ったが、誰もが判で押したように「関心ない」と回答した。しつこいと思われるのを覚悟で理由を尋ねたところ、全員が「部屋の中が透けて見えないのはレースカーテンではない」という至極もっともな説明をしてくれた。
これに関連して面白いのは、日本でもカーテンのファッション性やスタイリングを重視する人ほどミラーカーテンに関心を示さないことである。おそらく彼らの脳裏には瀟洒な洋館の縦長窓に吊られたセンスの良いレースカーテンが焼き付いているに相違ない。
確かに海外へ出掛けた際にカーテンの権威と称される人達と会話をすると、「カーテンはピクチャーフレイム(額縁)」という表現が度々登場する。この理屈に従えばカーテンを頻繁に開け閉めすること自体ナンセンスだし、更には閉めた際に視界を遮断してしまうミラーカーテンは愚の骨頂ということになる。
一般ユーザーも同様である。カーテン・クロス・タペストリーに代表されるインテリアテキスタイルの故郷と呼ばれる北緯47度から53度、経度0度から東経10度のエリア内に住む殆どの人々も「部屋の中が透けて見えないレースカーテンはナンセンス」という価値観を共有している。背景には「このように私は主イエスキリストに恥じない生活をしています」という「罪の文化」の宗教観があるようだ。
17世紀を代表する大画家フェルメールはこのエリアの中心に住んでいた。ひょっとしたら、この経験があったからこそ光と影を好んで描いたのかもしれない。そうだとすると通過する光を微妙に屈折させるレースカーテンは、谷崎潤一郎が記す陰翳礼讃(いんえいらいさん)の世界に相通ずる。
それはそれで素晴らしい事だが、鏡の如く生活文化を忠実に反映するインテリアが金太郎飴のように万国共通であるはずはない。世界は広く、気候や風土も違えば、宗教や民族も異なる。ましてカーテンは嗜好品だけに、デザインやスタイル・機能性等の好みが異なって当然である。

ルース・ベネディクト女史が名著『菊と刀』で指摘したように日本人は恥を重んじる民族である。「貧乏生活を見られたら恥ずかしい」という気持ちは、欧米と比べればウサギ小屋のように狭い家屋に住む日本人共通の心理ではないだろうか。まして日本人の根底には「恥の文化」が根強く横たわっている。このような生活文化と精神風土が存在する限りミラーカーテンは好調を維持するだろう。
なお2点付言する。
まずミラーカーテンはブライト糸を使っているため光沢感があること。意外と光沢感を敬遠する人も多いので販売する際には一言触れるべきであろう。トラブルに発展する可能性も考えられる。もう1点は昼と夜では逆の結果になることである。具体的には昼間は外部と比べて室内が暗いためミラー効果は発揮されるが、日が沈み薄暗くなって室内照明を灯すようになると逆の現象が発生する。
すなわち室内から外部は見えないが、外部から室内が丸見えになる。くれぐれも用心願いたい。
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