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ナポレオンはシックハウス症候群の第1号患者?

 
 
 

1、アレクサンダー大王・シーザー・ナポレオン

英雄ナポレオンはシックハウス症候群という説がある。意外な感じもするが化学物質は昔から存在していただけに可能性は否定できない。では具体的にどうだったのかを探ってみよう。コラム欄を読むような気楽な気持ちで読んで頂きたい。
「貴方はこの事実に驚愕する!」、映画のキャッチコピー風に表現するとこうなる。この事実とは、フランスが生んだ英雄ナポレオン・ボナパルトに関する「最大の謎」と言われる彼の死因である。
ナポレオンがどのぐらい凄い英雄かというと、珍妙な比較で恐縮だが、仮に東京・パリ・ニューヨークの3都市で地元の大学生各10人に「織田信長と豊臣秀吉を知っているか?」と質問した場合、「知っている」と答えるのは日本の大学生10人だけだろう。では「ナポレオンを知っているか」の質問には30人全員が知っていると答えるに違いない。

2、ナポレオンの公式死因は胃ガン

ナポレオンの死因の公式発表は胃ガンとなっている。だが信奉者は毒殺と主張して譲らない。真偽を確認したくなるのは人間の本能である。事実はどうなのかを探ろう。
1821年5月5日、ナポレオンは流刑先のセントヘレナ島で51歳の生涯を閉じた。セントヘレナはアフリカ西海岸にあるアンゴラの沖合2000kmの大西洋上に浮かぶ絶海の孤島である。現在でも飛行場がなく、新聞は6週間遅れ、テレビもようやく20世紀末に見られるようになったばかりだ。訪れるには南アフリカのケープタウンから片道5日の船旅を覚悟しなければならない。
ナポレオンは島の『ロングウッド・ハウス』と呼ばれる厩舎(きゅうしゃ)を改造した館で亡くなったが、死因は担当医アントンマルシによる遺体解剖の結果、胃ガンということになっている。欧州を席巻した英雄の死で、おまけに流刑先は敵国である英国の監視下にあった。当然、敗戦国フランスを中心に「毒殺ではないか」という疑念(ぎねん)の声が噴出する。誰が考えても当然で、疑問を感じない方がおかしい。だが確たる証拠がないため、疑念の声も時間の経過と共に沈静化していく。
しかし数年前に英国ハウエル原子力センターがナポレオンの遺髪を分析したところ、大量の砒素(ひそ)が検出されたことから砒素による毒殺説が浮上する。だが冷静に考えると毒殺する必然性がない。何故なら欧州情勢はナポレオンの敗北で大勢が決し、「会議は踊る」で有名なウイーン会議でフランスに致命的な領土割譲や賠償金支払いが確定してしまっているからである。これではいくら不死鳥ナポレオンといえどもリベンジは不可能だ。一方、連合国側からしても毒殺は「寝た子を起こす」結果、即ち敗戦で精神的に落ち込んだフランス国民を再決起させかねないリスクを伴う。

3、ナポレオンの愛した緑の壁紙

ナポレオンは緑色が大好きで流刑先の部屋の壁紙も緑色であった。そこから壁紙が原因という説が浮上する。どうやら真実の扉を開ける鍵はナポレオンの愛した緑の壁紙に潜んでいるようだ。
「英雄色を好む」(?)で、豊臣秀吉が純金総張りの茶室に象徴される「黄金色」を好んだようにナポレオンは「緑色」を好んだ。当然、緑色の軍服に身を包み、壁面にも緑色の壁紙を貼ったりしている。この緑好きは愛読書であったゲーテの『若きウェルテルの悩み』に影響されたという。
当時使用された緑色の顔料は「シェーレ・グリーン」である。これは亜砒酸銅(あひさんどう)で、この顔料を使用した壁紙は現存していないが、ひょっとしたらドイツの古都アンスバッハの宮殿に残る1726年製の緑色の紙壁紙がそうかもしれない。余談になるが19世紀頃、世界遺産に指定された石見銀山では同名の亜砒酸銅を使ったネズミ退治の薬剤を販売して好評を博したという。『石見銀山』という名前の由来は銀を掘り尽くした後、そこで採れた鉱石から砒素を抽出したためである。
さて砒素の英語名はアーセニック(arsenic)だが、これはギリシャ語で「猛毒」を意味する言葉が起源である。原料は鶏冠石(けいかんせき)や雄黄(ゆうおう)で、これらを採石する鉱山や砒素を取り扱う作業者の発ガン率が高いことは周知の事実である。この化学物質は紙や織物にゆるく結合するのが特徴。当時それらを使用していた部屋では粉塵害(ふんじんがい)が数多く報告されている。これは正真正銘の重度の室内空気汚染である。

4、ナポレオンは重度のシックハウス症候群患者

ナポレオンは重度のシックハウス症候群の患者である可能性が高い。換言すると鮮やかな緑色を好んだナポレオンは、流刑先の自室に亜砒酸銅(あひさんどう)を顔料とする壁紙を貼ったことが命取りになったようだ。この緑色の壁紙は防虫効果もあり重宝されたようだが、防虫効果があるということは微量にせよ砒素が室内に放散していたことを意味する。したがって遺髪から大量の砒素が検出されたとしても不思議ではない。ナポレオンは、晩年になって鼻風邪や嘔吐(おうと)等の症状を訴えていたそうだが、これは典型的な慢性砒素中毒の症状でもある。この前提に立つなら、ナポレオンはシックハウス症候群の第一号患者ということになる。
もちろん今となっては死因が慢性砒素中毒か、或いは砒素が原因の胃ガンか、はたまた毒殺かを特定する術(すべ)はない。だが死因を解く鍵がナポレオンの愛した緑色の壁紙にあることは間違いなさそうだ。事実は小説よりも奇なりである。なおナポレオンの遺骸は遺言どおりに自らが愛したフランス国民に囲まれ、セーヌ河畔にあるアンヴァリッドのドームの下で今も安らかに眠っている。