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ニードルパンチカーペットの起源

 
 
 

ニードルパンチ・カーペット(※以下ニードルパンチCPと略)はフェルトカーペットの一種。
合成繊維のふんわりした綿を無数のニードル(針)でパンチして繊維同士をからめフェルトに仕上げる。昭和40年代にブームを迎えたボーリング場では定番のごとく使われた。ボーリングブームが去った現在はもっぱらイベント会場の床材として使われている。
昭和40年代初頭のデビューは衝撃的であった。特に昭和43年発売の東リ・ニードルパンチCP『OIC』は「第3の床材」というスローガンを掲げ、またたくまに市場を拡大していく。特定企業の肩を持つ気はサラサラないが、『OIC』の商品名とキャッチフレーズがニードルパンチCPの特徴をよく表しているので例として使いたい。商品名は「アウトドアー・インドアー・カーペット」の頭文字で、屋外・屋内の両方で使用可能なカーペットを意味している。もちろん屋外に施工する時はエポキシ系の耐水接着剤を使うことが前提。次に「第3の床材」というスローガンは、塩ビタイルや塩ビシートに代表される「床材」でもなく、ウイルトンCPやタフテッドCPに象徴される「カーペット」でもない新タイプの床材を意味している。

当時の日本列島は2つのブームで沸いていた。1つは昭和45年の大阪千里を会場とした万国博覧会である。当時の日本は高度成長の真只中で好景気、おまけに我国初の万国博覧会であった。前評判どおりに「猫も杓子も」という表現がピッタリするくらいに大勢の人が押しかけた。会場内のフランス館などの各パビリオンでは発売されて間もないニードルパンチCPを競うように敷いていただけにPR効果が大きかったことは言うまでもない。
もう1つはボーリングブームである。須田加代子や中山律子という人気ボウラーがブームを盛り上げ、各地のボーリング場では順番待ちの長蛇の列ができた。当然、雨後の筍のように各地でボーリング場が建設されるが、この床材としてニードルパンチCPが相次いで採用された。

栄枯盛衰は世の習いである。やがてニードルパンチCPは昭和40年代後半から続々登場する高密度・高目付のタフテッドCPに主役の座を奪われ、イベント会場の床材という指定席へ追いやられてしまう。だが科学技術というマクロの視点で見た場合、ニードルパンチCPの所属するフェルト市場が前途洋々な分野であることは間違いない。例えば登場して僅かの間に欧州壁紙市場を席巻した究極の壁紙素材フリースもフェルトの一種である。
さてニードルパンチCPを含め、世界では年間数十億㎡のカーペットが生産されている。ちなみにトップは米国の約20億㎡である。その紹介は別の機会にゆずるとして、量的にも床材の王者として君臨するカーペットのルーツが原始的な羊毛フェルトであることは意外と知られていない。
羊毛フェルトの誕生は有史以前、牧畜の開始と共に登場したと推定される。ということは西アジアが起源のようだ。最初は偶然の産物だったと推測される。羊毛には捲縮(けんしゅく)と呼ぶ波状のねじれがあり、繊維表面は魚鱗(ぎょりん)状に重なったスケールで覆われている。熱水の影響を受けると形状を保っているシスチン結合に物理的変化が生ずる。換言すると羊毛の塊にお湯をかけ棒で叩くと繊維が絡み合ってフェルトが完成する仕組みだ。完成したフェルトは床からの湿気や冷気を遮断するのに威力を発揮したと思われる。当然、牧畜民の間では燎原(りょうげん)の火のように広まったはずだ。だが羊毛は有機質のため、長い間に朽ち果ててしまう。したがって紀元前に遡るフェルトは殆ど残っていない。

さて現存する最古のフェルトはいつ頃のものだろうか。調べてみるとロシアのエルミタージュ美術館の中央アジア考古室に保管されている「花を持つ女神と騎馬武人」を描いた縦4m×横5mはあると思われる大きなフェルトが世界最古であることが判明した。描いたという表現を使ったが、ペインティングではなく、染色の異なる羊毛を填め込んだ象嵌(ぞうがん)技法である。全体写真はガラス越しであるため焦点が合っていないので、具体的なデザインは部分アップの写真をご覧頂きたい。



このフェルトはロシア南部のアルタイ山脈の麓にあるパジリク渓谷で1947年に発見された。発見者は旧ソ連の考古学者ルデンコで、紀元前5世紀のスキタイ族の古墳から発掘。地名からパジリク・フェルトと呼ばれている。という事は世界最古の手織絨毯『パジリク絨毯』と一緒に発掘された。当然、現存するものとしては世界最古である。だがこれは床に敷く用途ではなく、古墳内部の玄室の周囲に吊るす「聖なる布幕(ふまく)」として使用されたと推測される。現在は価格的に「裾物」と呼ばれるジャンルに属するフェルトも紀元前は神聖な使い方をしていた。それを考えるとニードルパンチCPも大切に使いたいものである。