日装連WEB最近の話題-2 ②

Ⅱ.インテリア環境問題

 
Ⅱ-11 室内空気汚染問題を理解するための用語解説
 
① シックハウス症候群
  シックハウス症候群とは「病気の家症候群」、すなわち室内の建材などから放散するホルムアルデヒドやトルエン、キシレン等の揮発性有機化合物(VOC)やその他の有害物質等によって体調に異変が生じることである。具体的には、①眼がチカチカ、鼻孔の違和感等の粘膜刺激症状、②唇などの粘膜の異状な乾燥、③皮膚に赤い斑点ができるや・湿疹、④原因が分からない疲労感、⑤頭痛が頻発に発生、⑥息が詰まる・(呼吸に際し気道がゼイゼイと雑音を発すること)、⑦・吐き気・等の症状等を伴うのが特徴とされている。しかしこれらの症状は一般的な病気によっても発症するだけに見分けが難しい。また症状も個人差が大きく、千差万別なので判断が難しい。
シックハウス症候群が注目されるようなったのは比較的最近のことである。周知のように昔の住宅は機密性が悪かったため、好むと好まざるとにかかわらず自然換気ができていた。朝夕は必ず窓を開けて雨戸の開閉をしたが、これも一種の換気である。また住宅用クーラーが普及していなかったため夏場は窓を全開して涼風を取り入れた。一方、建材・内装材という点ではユリア樹脂系接着剤を使った合板やパーティクルボード、集成材等も殆ど普及していなかった。もちろん壁紙を採用する家庭も殆どなく、内装材料はすべてが無垢の木材か聚楽壁、漆喰等を使った。その意味ではシックハウス症候群の発生は昭和40年前後から急速に進む湿式工法から乾式工法への転換と高気密住宅の誕生が背景にある。
② 化学物質過敏症
  シックハウス症候群と同義語で使われるケースが多いが厳密には微妙に異なる。非常に微量な化学物質の吸引(摂取)が、その個人の許容量を越えると発症すると言われている。症状としては目のチカチカ等の粘膜性刺激や頭痛、手足の震えやけいれん、倦怠感、疲労感、下痢、嘔吐等という具合にシックハウス症候群と類似している。しかし症状が極めてデリケートで、発症に際しての生理学的な兆候が特定できず個人差も極めて大きい。また一般には無害とされる化学物質にも敏感に反応するケースもあるため診断法と治療法も十分には確立されていない。ようやく専門医も登場、転地療法を含め治療の多角的研究が始まったばかりである。
③ アセトアルデヒド
  ホルムアルデヒドと名前が似ていることからも分かるとおりアルデヒドの一つである。ホルムアルデヒドの原料が有毒性のメタノールであるのに対して、アセトアルデヒドは飲めるアルコールのエタノールを酸化させて生成する。融点は-123℃、沸点は20.2℃。酒を飲むことによる二日酔いはエタノールの体内酸化でアセトアルデヒドが発生する一種の中毒症状である。一時、日本では大騒ぎになったが欧米では比較的冷静であった。実際、日本でも最近は沈静化して論議があまり聞かれなくなった。
④揮発性有機化合物(VOC)
  VOCとはVolatile Oraganic Compoundの略で、ホルムアルデヒドやトルエン、キシレン等の揮発性有機化合物を意味する。加熱すると揮発する有機化合物のことで、世界保健機構(WHO)では沸点を基にして以下(図版Ⅱ-7)のように定義している。

一般的にVOCは有害であると言われているが、その毒性は化合物の種類によりまちまちである。そのため壁紙の安全品質基準であるRAL基準やSV規格では、トータルのVOCを100μg/g以下と定めている。

⑤ TEX芳香族
  「TEX芳香族」とは、ベンゼン核を含む有機化合物(芳香族化合物)においてトルエン、エチルベンゼン、キシレンの3種(図版Ⅱ-8)を指し、名前はその頭文字に起因している。

この3種は工業的には印刷インク等の溶剤として広く利用されている化合物で、一般に芳香族溶剤は通常の溶剤よりも毒性が高い。そのため当時の厚生省は2000(平成12)年に室内濃度指針値を発表している。それによるとトルエンは260μg/立方メートル(0.07PPM)、エチルベンゼンは3800μg/立方メートル(0.88PPM)、キシレンは870μg/立方メートル(0.20PPM)である。なお壁紙の安全品質基準であるRAL基準やSV規格ではTEX芳香族の放散量を10μg/g以下と規制している。

⑥ 可塑剤
  可塑剤工業会では可塑剤を「高分子物質に添加して溶融粘度を低下させ、成型加工性を改善し、柔軟性等の必要とする性能を付与する物質である」と述べている。参考までに広辞苑では「合成樹脂・ゴム・繊維などの高分子物質に可塑性を与え、加工しやすくするために添加する物質」と述べている。このように可塑剤の使用対象は塩化ビニル樹脂(※以下、塩ビと略)の他にも、酢酸ビニル、合成ゴム、ニトロセルローズ等にも使われているが大部分を塩ビが占めている。したがって可塑剤は「塩ビに軟らかさ、たわみ性を与える化学材料」と表現できる。
しかし可塑剤はすべての塩ビ製品に使用するわけではない。軟質塩ビと硬質塩ビという2種類の塩ビ製品で可塑剤を多く使用するのは前者の軟質塩ビである。さて軟質塩ビの代表商品には電線被覆コード、壁紙や床材等の内装材、農業用フィルム、椅子張り、スリッパやサンダル等がある。一方、硬質塩ビには上下水道パイプ管、サッシ窓枠、雨樋、波板等がある。この軟質塩ビと硬質塩ビの柔軟性の差は添加する可塑剤の量の差である。換言すると柔軟性に富む塩ビ製品であるほど可塑剤使用量が多い。例えば軟質塩ビ製品では可塑剤が全体の15~60%の比率である。実際、軟質塩ビの代表商品であるビニル壁紙はメーカーや生産技法によって異なるが大体20パーセント前後と推定される。対照的に硬質塩ビ製品は多く使用しても5パーセントが上限のようである。
さて可塑剤が塩ビを軟らかくするメカニズムは、常温では硬い塩ビ樹脂を加熱して軟らかくした状態の時に可塑剤を添加すると可塑剤の分子が塩ビ分子間に入り込み、冷えて元の状態に戻っても柔軟性を保つ仕組みである。
なお壁紙の安全品質基準のSV規格では、「沸点が300℃以上の難揮発性可塑剤を使用する。ただしフタル酸ジブチル(DBP)は使用しない」と規定している。インテリア関連の塩ビ製品に使われる可塑剤は、沸点386℃のフタル酸ジ2-エチルヘキシル(DPP)がもっとも多い。なお発ガン性に関しは問題ないレベルだが、詳細は「国際ガン研究機関(IARC)」の項目を参照して頂きたい。
⑦ 重金属
  「重金属」とは比重が大きい金属のことで、比重5.0以上のものを指している。壁紙においてこれらの重金属類は充填剤中の不純物、顔料、安定剤、防カビ剤、抗菌剤などの形で混入または使用されるケースがあるが、壁紙の安全基準ではこれらを一定量で規制している。なお壁紙の安全品質基準のSV規格では、砒素、鉛、カドミウム、クロム、水銀、セレンの6種に関しては数値を設定して厳しく管理している。
⑧ 安定剤
  塩ビ樹脂は加工中ならびに製品使用時に熱や光、酸素などの作用により分解・劣化が促進される。これを防止するために配合する添加剤を「安定剤」と呼んでいる。塩ビ樹脂用の安定剤には無機鉛塩、金属石けん、有機スズ化合物、エポキシ化大豆油等があるが、壁紙の安全基準ではこれらのうち、鉛、カドミウム、有機スズ化合物が含まれている薬剤の使用を制限している。
⑨ 発泡剤
  「発泡剤」は材料を発泡させて膨らませる時に使用する薬剤のことである。発泡剤には加熱分解によりガスを発泡させて発泡するもの(分解性発泡剤)と、揮発性の液体で発泡させるもの(揮発性発泡剤)の2種類がある。壁紙の発泡剤には主に加熱分解により窒素ガスを発生するタイプが従来から用いられていて、オゾン層破壊の主因と指摘されているクロロフルオロカーボン類を用いたものは以前から使用していない。
⑩ クロロフルオロカーボン
  「クロロフルオロカーボン類」とはフロンと同義語。フロンとは炭化水素の水素を塩素やフッ素で置き換えた多くの化学物質の総称のこと。工業的には発泡スチロール製造時における発泡剤、精密部品の洗浄剤、クーラーや冷蔵庫の冷媒等に広く利用されていたが、近年、オゾン層破壊の主犯として名指しされ使用が禁止された。
⑪ 塩ビモノマー
  「塩ビモノマー」は常温では気体(沸点-13.9℃)の発ガン性物質として指定されている化合物である。この塩ビモノマーを化学的に反応(重合)させると塩ビ樹脂(ポリマー)になる。すなわち塩ビ樹脂の原料が塩ビモノマーということだが、重合してポリマー化した塩ビ樹脂には毒性はない。安全品質基準であるドイツのRAL基準やSV規格では残留塩ビモノマーを厳しく規定している。
⑫ 沸点
  液体が沸騰する時の温度を「沸点」または「沸騰点」と言う。1気圧のもとでの水の沸点は100℃である。沸点は液体の揮発性の目安ともなる。すなわち低沸点化合物は気化(気体になること)しやすく、逆に高沸点化合物は難揮発性であるといえる。RAL基準やSV規格では、沸点300℃以下の可塑剤を使うように定めているが、これは難揮発性を求めた条項である。
⑬ クロルピリホス
  「クロルピリホス」とは有機リン系殺虫剤である。農業用途の他にシロアリ駆除剤として広く使われていた。しかしヒトの神経系統に悪影響を及ぼし、また残留薬剤がシックハウス症候群を引き起こすことが指摘されたため2003(平成15)年7月施行の改正建築基準法で使用が禁止された。
⑭ MSDS
  MSDS制度とは化学物質排出把握管理促進法に基づく制度である。MSDSはMaterial Safety Data Sheetの頭文字で、化学物質等安全データーシーの意味。この法律では企業による化学物質の適切な管理改善を促進するため対象化学物質を販売する際は性状や取り扱いに関する情報(MSDS)を事前に提供することを義務づけている。
⑮ 化学物質の単位
  化学物質の世界は極微量の世界なので成分非や濃度を表す単位もパーセント(%)ではなく、PPMやPPBを用いる。たとえばPPMはPart Par Millionの略で、1PPMは100万分の1を意味する。これよりさらに小さい単位としてPPB(Part Par billion)があり、1PPBは10億分の1を示している。
ホルムアルデヒドにおける建築基準法の室内空気濃度の0.008ppmは、空気中1,000,000g中にホルムアルデヒドが0.008g存在していることを意味している。
  ■重さの単位
  日常生活では重さの単位としてキログラム(㎏)やグラム(g)を使っている。しかし化学物質の場合は、単位が異次元の世界のように比較にならないぐらい小さい。そのため、1000分の1gは1ミリグラム(㎎)、100万分の1gは1マイクログラム(μg)、10億分の1gは1ナノグラム(ng)、1兆分の1gは1ピコグラム(pg)という単位を使う。それを整理すると次のようになる 。

1g=1000㎎

1mg=1000μg

1μg=1000ng

1ng=1000pg

例えばある化学物質がある商品1グラム中に1兆分の1グラム含まれている場合は、重量/重量濃度で表して1pg/gと表現する。また水1ミリリットル中に1ピコグラムのある化学物質が含まれている場合は、重量/容量濃度で表して1pg/mlと表示する。1pgを算用数字で正直に書くと0.000000000001gとなる。しかし、これでは煩雑なうえ、瞬時に単位を理解することができない。したがって1pgと表現するわけである。
なお、更に小さな単位として1000兆分の1グラムのフェムトグラム(fg)があるが、いくら化学物質は超微量の世界とはいっても、ここまで小さくなると現在の超高性能分析機器では測定不能(検出限界値以下)なので、まず使用することはない。

  ■構成比の単位
  構成比の単位として普段使うのは100分の1を表すパーセント(%)である。しかし、重さの単位と同様に構成比も%では超微量の化学の世界で対応できない。そのため次のような単位を使用する。例えば10分の1%は1パーミル(‰)、1000分の1‰は1ピーピーエム(ppm)、1000分の1ppmは1ピーピービー(ppb)、1000分の1ppbは1ピーピーティー(ppt)、1000分の1pptは1ピーピーキュー(ppq)である。ppmはparts  par million(100万)の略、ppbはparts par billion(10億)の略、pptはparts par trillion(100万の2乗、即ち1兆)の略である。参考までに構成比の単位を整理すると次のようになる。

100分の1は%

1000分の1は‰

100万分の1はppm

10億分の1はppb

1兆分の1はppt

なお、これより小さい構成比は、1000兆分の1をあらわすppqがある。これはparts par quintillion(100万の3乗)の頭文字であるが、前述のフェムトグラム(fg)と同様に使うことはない。

  ■原子の数の接頭語
  化学物質の中で毒性が最も強いのは「2,3,7,8四塩化ダイオキシン」と言われている。正式名称はドイツ語で「2,3,7,8-tetra chlorinated dibenzo-p-dioxin」である。このダイオキシンを理解するためには原子の数を表す接頭語を理解しなければならない。直訳すると、まず先頭の「2,3,7,8」は「塩素に置換しているベンゼン環の位置」を示し、次の「テトラ・クロロネイテッド」は「4つの塩素に置換した」という意味、「ジベンゾ」は「2つのベンゼン環」で、Pはパラの略で「酸素が対面している」ことを表し、ジオキシンは「2つの酸素」ということを表している。まとめると、「2つのベンゼン環が2つの酸素で結ばれている構造で、ベンゼン環の2,3,7,8の位置にある4つの水素が塩素に置き換わった構造」の塩素化合物である。新聞等に頻繁にダイオキシンという言葉が登場するが、語源的には「2つの酸素」を意味するドイツ語のジオキシンdioxinを英語読みでダイオキシンと発音しているのである。以下に原子の数の接頭語について解説したい。

1=mono,モノ

2=di,ジ

3=tri,トリ

4=tetra,テトラ 

5=penta,ペンタ

6=hexa,ヘキサ

7=hepta,ヘプタ

8=octa,オクタ

9=nona,ノナ

10=deca,デカ

11=undeca,ウンデカ

12=dodeca,ドデカ

これらの接頭語を覚えると化学物質を理解しやすくなる。例えば前述の「2,3,7,8四塩化ダイオキシン」の正式名称にも、テトラが1回、ジが2回登場する。化学の世界は素人に難しいが、原子の数を表す接頭語を覚えると理解が促進する。覚える秘訣は日常生活の身近なものとの関連で覚えると興味も湧いて抵抗感も少ないようだ。例えば、モノは「1社独占」のモノポリイ、ジは「2色」のクロマティク、テトラは護岸工事で使うテトラポット、トリは「3人組」のトリオ、ペンタは「五角形」や「米国国防省」のペンタゴン、ヘキサはレンズのヘキサノン、へプタは「七弦琴」のヘプタコード、或いは「七角形」のヘプタゴン、オクタは「タコ」のオクトパス、或いは「八音程」のオクターブ、ノナは「九進法」のノナリイ、デカは「モーゼの十戒」を意味するデカログ等といった具合である。

⑯ インテリアファブリックス性能評価協議会
  建築基準法でホルムアルデヒド放散量が規制されているのは合板等の木質系建材、壁紙、接着剤等である。カーテンやカーペット、寝具類は規制対象外である。しかし生活者からすると壁紙と同じインテリア商品だけに不安が伴う。そこでNIF、全日本寝具寝装品協会、日本カーペット工業組合、日本紡績協会、日本化学繊維協会の5社で構成する防ダニ加工製品協議会は、2003(平成15)年6月にインテリアファブリックス性能評価協議会に名称を変更して繊維系のインテリア商品に関するホルムアルデヒド自主基準をスタートさせた。基準値や試験法は建築基準法とJISに準拠、ラベル(図版Ⅱ-9)も発行している。
⑰ RAL基準
  ドイツの準公的機関であるドイツ商品・安全表示協会の略称。設立は第2次大戦前に遡る。安全品質基準の対象は主に建材等で、現在約190の分野でRAL基準が制定されている。基準値や試験法に関しては世界的にも高い評価を得ている。壁紙RAL基準(図版Ⅱ-10)に関しては日本の壁紙メーカーも海外会員として取得しているところが多い。
⑱ ISM基準
  日本壁装協会の前身である壁装材料協会が1995(平成7)年に設定した壁紙安全品質基準(図版Ⅱ-11)。

ISMとはInterior Safety Materialの頭文字で、「生活環境の安全に配慮したインテリア材料に関するガイドライン」と謳っている。1999(平成11)年に信頼性を高めるという観点から見直しを全面的に実施、現在に至っている。詳細に関しては日本壁装協会のホームページを参照して頂きたい。
⑲ SV規格
  壁紙メーカーの業界団体である壁紙製品規格協議会が定めた壁紙安全品質基準(図版Ⅱ-12)。

基準はRAL基準とJIS規格を参考に作成されている。
詳細に関しては壁紙製品規格協議会のホームページを参照して頂きたい。
 
Ⅱ-12 アスベストとインテリア商品
  アスベストとは何だろうか。アスベストは特定の鉱物の名前ではなく、紡ぐことが出来る繊維状の鉱物の一群を指す。
工業的にアスベストとして使われてきた鉱物は蛇紋石族と角閃石族に属する六種類で、具体的には①蛇紋石族に属する白石綿のクリソタイル、②角閃石族に属する青石綿のリーベック尖石(曹尖石)、③茶石綿のグリュネル尖石、④アンソフィライト石綿の直閃石、⑤トレモライト石綿の透閃石、⑥アクチノライト石綿の緑尖石である。このうち日本で多く使われているのは、白石綿と呼ばれるリソタイルと繊維状リーベック尖石の青石綿(クロシドライト)、繊維状グリュネル尖石の茶石綿(アモサイト)の3種類である。
さて、アスベストが重要な材料として使われてきた背景には他の素材には替えがたい優れた物性がある。この特性を国立科学博物館の展示パネルから引用すると次の10点である。

① しなやかな繊維で糸に紡ぐことができ、布に織れる紡織性。

② 引張りにも強く切れにくい抗張力。

③ 擦っても磨り減ることが無い耐摩擦性。

④ 燃えないで高熱に耐える耐熱性。

⑤ 熱や音を吸収し遮断する断熱性・防音性。

⑥ 薬品に侵されない耐薬品性。

⑦ 電気を通しにくい絶縁性。

⑧ 細菌や湿気に強い耐腐食性。

⑨ 重さに較べて表面積が大きく、他の物質と混ぜ易い親和性。

⑩ 安いという経済性。

これだけのメリットがあればアスベストを「奇跡の鉱物」と呼ぶのは当然で、普及しない方が不思議である。こうした背景から需要が増大していく。

さて産地は国内にも北海道の野沢鉱山などあるが生産量は極めて限られている。そこで輸入という事になるが、日本の場合は世界3大産地と言われているロシア(ウラル地方)、カナダ(ケベック地方)、アフリカ南端部(南アフリカ共和国、ジンバブエ)のうちカナダからの輸入が最も多く構成比も五五パーセントという具合に五割を超えている。ちなみに第2位は28パーセントのジンバブエ、第三位は13パーセントのブラジルという順で、この3国だけで100%を占めている。

アスベストが「静かな時限爆弾」と呼ばれ、極めて深刻な脅威が日本全体を襲っている背景は何だろうか。具体的には飛散したアスベストをヒトが吸込むと病気を併発させるという事だが、代表的な症状は①肺の奥にアスベスト繊維が突き刺さって肺の働きが悪くなる塵肺の一種である「石綿肺」。②タバコなどの発ガン物質と一緒に吸込む事で発生する「肺ガン」。③アスベスト繊維の刺激によって肺を包む膜に発生する「中皮腫」。④比較的軽度の「良性胸膜疾患」の4つがある。中でも中皮腫は吸込んだ量が少なくても20~50年の潜伏期間を経て発病する場合があり、死者数も2004(平成16)年が953人、2005年はそれ以上と推定されるだけに要注意だ。こうした事情からメディアも耐震基準の偽装問題と平行して連日のようにアスベスト問題を取上げた。この深刻な事態に対応するためアスベストとの因果関係が明確な中皮腫患者を全員救済する『石綿健康被害救済法』が2006(平成18)年3月の国会で成立したことは周知のとおりである。

インテリア業界もアスベスト問題と無縁ではない。なぜなら過去に様々な商品にアスベストを使っていたからである。例えば元祖オフィス床材の塩ビタイルも20年前までは充填剤としてアスベストを使っていた関係で「ビニルアスベスト・タイル」と呼ばれていた。クッションフロアーも初期のタイプは裏打紙にアスベスト紙を採用している。壁紙にいたっては18年前までズバリ「アスベスト壁紙」と称するものが存在した。接着剤は最近までアスベストを含むタイプが販売されていて大慌てで回収した経緯がある。もちろんこれ以外にも襖用上張紙やオフィスの間仕切りであるパーティションなど多数がある。

このようにアスベストを使用していた事は事実だか、当時の知識と情報レベルではこれほど大きな被害が発生するとは予測できなかった。また使用の動機も一部の人が指摘する「儲けるためのコストダウン」という経済的欲求を最優先させた結果ではない。ではアスベストを使用した理由は何か。説明すると、まず塩ビタイルの場合はアスベストを加える事により寸法安定性などの物性が著しく向上して目地隙防止などの品質安定に寄与する。クッションフロアーや壁紙、襖上張、パーティションの場合はアスベスト紙やケイ酸カルシウム板を採用する事により防火性能が著しく向上する。当時は木造住宅が圧倒的に多かっただけに防火性能を強く求められた背景がある。接着剤の場合は接着膜の凝集力をアップさせると同時に熱による収縮・膨張を防ぐ役割を果たす。接着膜の凝集力アップとは平たく表現するなら粘度アップにより接着剤の垂直面での垂れ下がりを防止する事である。

このように相応の理由からアスベストを使用していた。しかし相応の理由があるからといってアスベスト使用が正当化される訳ではない。それを十分承知で次の2点を主張したい。まず1点目はインテリア商品で使用したアスベストは全て白石綿という事である。前述したように石綿には白・青・茶の3種類があり、発ガン性という点で白石綿は比較的問題が少なく、対照的に青石綿と茶石綿は症状発生の点で極めて問題が大きい。実際、厚生労働省やメディアが問題視する吹付剤は殆どが青石綿だ。2点目はインテリア商品のアスベストは非飛散性という事である。換言すると、そのままの状態であるならアスベストが浮遊粉塵として飛散しない。この点は風に吹かれたり触ったりする事で飛散する吹付材などとは大きく異なる。当然、飛散性の場合は除去や封じ込めたり、囲い込んだりする必要があるが、非飛散性であるなら壊したりしなければ殆ど問題は発生しない。

非飛散性の根拠であるが、クッションフロアーやアスベスト壁紙、接着剤、パーティションなどはアスベストが離散しにくい構造のうえ、アスベストを含んだ部分(層)が裏面だからである。この点、塩ビタイルなどは暴露状態になるが、製造工程でアスベストが塩ビ樹脂などと固く結合されるうえ、タイル表面に樹脂ワックスが塗布され皮膜が構成されている。この結果アスベスト飛散が防止される。また室内の壁下部に貼る巾木の場合は、塩ビタイルと同様に塩ビ樹脂等との結合が強く、さらに使われ方からして飛散に関する心配は杞憂と言える。

しかし使用中は問題が少ないとしてもリフォームなどで除去する際は細心の注意が必要だ。この点に関しては『労働安全衛生法』や『石綿障害予防規則』、関係省庁の『作業マニュアル』などに基づき作業を進めなければならない。

 
Ⅱ-13 国際ガン研究機関(IARC)と発ガンリスク
  世界保健機構(WHO)の関係機関に国際ガン研究機関(IARC)という組織がある。1969年に世界保健機構(WHO)の付属機関としてフランスのリヨンで産声を上げている。この組織の主目的はヒトへの化学物質の発ガン性リスク評価と個々の化学物質に関するモノグラム(専門書)の作成である。しかし最近は化学物質の混合物や放射線、ウイルス、一部の食品など化学物質ではないものも評価するようになった。研究スタッフの氏名もホームページ上で公開していて、その研究成果や審査結果を「発ガン性リスク分類表」としてまとめ定期的に公表している。最新のリスク分類はVOL89で、これには約900種類の物質が掲載されている。ただしモノグラム注釈でも説明しているが、発ガン性評価はその物質の発ガン性の証拠の程度について分類したものであり、発ガン性の強さを評価したものではない。とはいえ検証は人に対する証拠と動物に対する証拠を別々に評価し、その結果を基に発ガン性分類の総合評価を行っているだけに信頼に値するが、IARCでは敢えて「規制や法制化に対する勧告を示すものではない」と明記している。但し日本のように政府(労働厚生省)が発ガン性リスク分類表を作成せず、WHOに全面依拠する国に於いては否が応でも権威を持ってしまう。さてリスク分類は約900種類の物質を発ガン性の度合によって5グループに分けている。

①グループ1:ヒトに対して発ガン性を示す。

②グループ2A:ヒトに対して恐らく発ガン性を示す。

③グループ2B:ヒトに対して発ガン性を示す可能性がある。

④グループ3:ヒトに対する発ガン性については分類できない。

⑤グループ4:ヒトに対して恐らく発ガン性を示さない。

分類されている約900種類の物質を仔細にチェックすると奇妙な事実にも遭遇する。例えばコーヒーは「グループ2B」、アルコール飲酒にいたっては「グループ1」にリストアップされている。もし事実だとすれば世間はパニックに陥ってしまう。しかし現実問題としてコーコー等を飲んでガンになったという話は古今東西聞いたことがない。要するにこうした話を説明する場合、本来は摂取量等の前提条件が重要なのだが、それを割愛しているため誤解を招いてしまう。その点を十分に考慮して見るべきだろう。

さて2000年2月、フランスのリヨンでIARCの専門委員会が開催され、そこで我国で最も多く使われているフタル酸エステル系の可塑剤DOPが従来の「グループ2B」から「グループ3」へと改正された。換言するとDOPのヒトへの発ガン性が分類できないとしたもので、長年続いてきた論争にひとまず終止符を打った。

対照的なのはホルムアルデヒドである。2004年6月の発表では、ホルムアルデヒドの発ガン性リスクは従来の「人に対しておそらく発ガン性を示す」の「グループ2A」から1ランク引き上げられ、「人に対して発ガン性を示す」という「グループ1」に変更された。換言するとアスベストやベンゼン、コールタール、砒素、クロム、ダイオキシン等と同じランクである。おそらく今後、「ホルムアルデヒドはアスベストやダイオキシンと同等の発ガン性物質なので更に規制を強化しろ」という要求が強くなるだろう。日本人はガンに対して敏感に反応する。それはガン保険に特化した保険会社が2005(平成17)年に保険契約件数で首位の座に着いたことでも分かる。
したがって、IARCのリスク分類見直しによるホルムアルデヒドへの世論の風圧が一段と強まることは間違いない。